どんな空でも 自閉症の娘と家族の日常

自閉症の娘の育児、家族の記録

被害者遺族として生きていくということ

池袋の暴走事故の加害者が在宅起訴されたという報道、ご遺族の会見を拝見した。

ご遺族の松永さんの言葉には重みが感じられる。

我が家の事故の加害者も、在宅起訴だった。


13年前に交通事故で次女を亡くし、被害者遺族として生きてきた。
年月と共に、感情は変わっていった。



「たら、れば」なんだけれど、事故がなければ、どんな風に生きていただろうか?
生きていれば、高校3年生になっている次女はどんな姿に成長しているだろうか…と思うことはある。

お姉ちゃん(長女)も、次女が生きていたら、けんかもしたけれど、お互い一緒に出掛けたり、そんな日常があったのだろうと思う。

それは、私自身のことでも思うことはある。
ここ最近では、保育士試験に合格し、仕事を探してみる。
フルタイムは難しいだろうから、午前中だけ、週に少しだけからと考える。

そこでまず問題になったのは、保育園のこと。
現在、あいぼんを保育園へ預けている理由は、私の障害理由。
病気理由から障害者手帳所持理由に変わっている。
働くことは出来ないのだ。

もちろん保育が必要な理由を、親の障害→就労に変えることは出来る。
その条件をいきなりクリアするまでの就労は、今の私には難しいと思う。

療育、通院、あいぼん睡眠障害と仕事の両立を始めるには、週2、3日短時間の仕事が良いと思う。

頑張って取得した保育士資格。
すぐには活かせそうにない…

こんな時に、事故がなければ、私はどんな風に働いてきたのだろうかと思ってしまう。

当時、訪問介護の仕事をしていた。
大変なこともあったけれど、喜びも多く、運転が好きだったので、移動時間も楽しく息抜きになっていた。

事故後は、運転が怖くなり、今はペーパードライバー講習を受け、療育や近隣のスーパー等には出掛けられるようになっている。

事故の後、やらなければならないことがたくさんあり、シングルマザーだった私は、全てひとりでやっていた。

自身の怪我の治療、裁判等の手続き…
被害者遺族が参加できることは、当時はほとんどなく、それでもできることを調べ、自分ができる精一杯のことをやった。

そうすることで、壊れそうな感情を保っていたのだと思う。

また、加害者が任意保険に未加入だったこと、次女の父親(元夫)に2分の1の相続権があったことも私を苦しめた。

加害者は保険未加入、、自分の任意保険(人身傷害保険、搭乗者傷害保険)を使用、その保険で計算される本当にわずかなお金、、次女の命のお金の相続権があるなんて、、
知らなかった、私は。

崩れそうになる感情を保ち、弁護士さんを通して手続きを進めていった。

裁判等が終わった後、燃え尽きてしまった。

その後、通信制大学に入学し、勉強やスクーリングを通して、新たに生きていくことができたと思う。

けれど…


事故に遭わなければ、、
今の生活はなかっただろう。
主人とあいぼんにも出会わなかっただろう。


ただ、社会復帰ができていない、ブランクが長くなったのは、やはり事故のせいだと思ってしまう。

思うぐらい自由…
そう思わなければ、、、やってられない。

社会復帰= 就労にすると、ハードルが高い。

保育ボランティアや、あいぼんがもう少し大きくなり生活が安定してから、短時間の保育の仕事があれば就きたいなと漠然と思っている。

一度、中断してしまった訪問介護の仕事を、自転車で回れる所、1日1件から、始めてみても良いのかなとも思う。


普段は、被害者遺族だと思って生活はしていない。

場面、場面で感じることはある。

これは、私が生きている間は、ずっと続くのだろうと思う。

その感情と付き合いながら、私なりに生きていきたいなと思う。




  

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