カウンセリング29回目に行って来た。
今回はPTSDと診断された話をメインにした。

(ベローチェでランチ代わりに食べたモーニング)
自分達の事故現場付近であった、子供が亡くなった死亡事故の報道を見聞きすると、瞬時に当時を思い出した。
19年前のことだけれど、昨日のことのように。
あの日、信号待ちしていると物凄い衝撃があり、何が起こっているのか分からなかった。
子供達が心配になり後ろを見ると、車の後部座席がなかった。
朦朧とする中、必死で実家と保険屋さんに電話。
状況説明をしていたらしい。
救急車のサイレンが近づいてきて、これで病院に運んでもらえると安心したのか、その後、記憶はなくなる。
目覚めたのは病院の処置室。
ここはどこですか?
子供達は大丈夫ですか?と聞いた。
お子さんは隣にいますよと言われ見ると長女が車イスに座っていた。
もう一人の子は?と聞くと
別室で治療中と言われた。
大丈夫なのですか?!と聞くと
お母さん、下のお子さんは障害が残るかもしれない、しっかりして!と言われた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
ICUにいる次女に会えたのは。
ベッドがぎっしり並んだICU。
高齢者ばかりの中、5歳の次女がいた。
外傷はほとんどなかったので、ただ眠っているようにしか見えなかった。
でも、手を触るととても冷たくて…
人工呼吸器の空気を取り込む音が印象に残っている。
お子さんは、脳と肺に損傷を負っていて二度とお母さんと呼ぶことはない。
今晩が山だと言われた。
オムツなど入院準備を揃えにドラッグストアへ行き、自宅に戻って用意した。
病院からもう危ないと電話があり駆けつけた。
人工呼吸器を外し死亡宣告。
部屋を出ると、2名の警察官がいて敬礼をされた。
この度はご愁傷様でしたと。
事故の話を聞かせてもらいたいので、こちらから連絡するので、後日、警察署に来て下さいと言われた。
あまり覚えてないですと言うのがやっとだった。
エンジェルケアをしてもらい、地下から駐車場へ。
緊急だったのでハサミで切ってしまっていてごめんなさいと、看護師に次女が着ていた衣類を渡された。
お気に入りのピンクのマリーちゃんのトレーナー、ズボン、ピンクのセーラームーンの靴。

次女の身体は冷たく硬く、重たくて。
寝ている時の重さとは全然違う。
朝まで元気に笑っていた人がもういないってどういうことだろう。
現実なのに理解が追いつかない、そんな状況だった。
その後、夜中に加害者と加害者の妻、両親がやって来た。
私は帰って欲しいと伝えたが、母の再婚相手(義父)が受け入れた。
土下座して謝っていた。
妻は次女を見ると震えて動けなくなった。
任意保険に未加入なことを聞いた。
葬儀の準備を進めて、葬儀屋、お坊さんの対応。
保育園、仕事関係、友人などの対応に追われた。
ここまでの記憶が、瞬時に思い出される。
記憶は思い出されるが、感情まで思い出され辛くなることはない。
事故から数年後は、感情まで思い出され苦しかった。
私のようなPTSDの症状は、完全に治ることはないらしい。
けれども本当に少しずつ和らいでいくそう。
感情まで思い出されなくなったように。
不思議と加害者に対する怒りはもうない。
人は怒り続けることは物凄いエネルギーが必要で、怒り続けられなかった。
それ以外にやらなければならないことが多すぎて、それどころじゃなかったのが正しいのだろう。
精神科医は、もう一度、同じような事故に遭う確率は非常に低いから心配することはないと言うが、どうしてもそうは思えないとカウンセラーに話した。
カウンセラーに聞いてみた。
私→先生は長くカウンセラーをされていて、私のように交通事故で子供を亡くした方のカウンセリングは少ないのでしょうか?
カウンセラー→ いないです。
そうなんだ、、、
犯罪被害者支援カウンセリングをされているカウンセラーでも。
次回は約1ヶ月半後の予定。
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