どんな空でも 自閉症の娘と家族の日常 

自閉症の娘の育児、家族の記録 支援級の1年生です。

実父と過ごした日々を思う・スクーリングで訪れた金沢の旅

実父が亡くなったとの手紙が届いて、幼少期に過ごした父のことを思い出していた。

車の運転が上手で、地図を見て何処にでも行く人だった。

サービスエリアや昔ながらのドライブインで一緒に食べたカップラーメンや自販機のハンバーガー、なんかとても美味しく感じた。

当時、私達は大阪に住んでいた。
茶店が好きな人で、近所の喫茶店にモーニングを食べに行ったり、隣りの駅前のミスドに行ったり、すかいらーくが近所に出来てからはハンバーグを食べに行って、帰りにレジ横に売っているぬいぐるみを買ってくれたのを思い出す。

マチュアバンドでドラムをしていて、自宅にはドラムセットがあった。

幼稚園の発表会で父兄の出し物として、バンドで演奏してくれた。

怒られた記憶もなく、私にとっては良いお父さんだった。

けれど、、、
ある日、家を出て行き、女性と暮らし始めたと母が知人と話しているのを耳にした。
その後、その女性との間に女の子が産まれたと。
この時の女の子が今回の手紙の送り主なのだろう。

不倫して略奪婚だよね…

最後に父と出かけた記憶は、何故か父と私2人だけで、大阪から車で石川県まで叔母の家に行ったんだ。

夜遅くまで話していたようで、、
母と別れて別の女性と暮らし始める相談でもしていたのかもしれない。

両親が離婚後も、小学校の運動会には必ず父が見に来てくれていた。
こっそりお小遣いをくれて、私は体操服のズボンのポケットに隠していた…

数年後、母が再婚し、再婚相手が父親に会わすなと言って、、、父の写真も捨てるように言われた。

父はわりと直ぐに石川県に引っ越して家を買ったのかな、登記を見て知った。

別れた後、父がどんな人生を歩んでいたのか、私や姉のことを思い出すことはなかったのか、わからないけれど、、、

最期はおそらく病気で入院期間も短く、73歳で亡くなった。
死後の手続きをしてくれる奥さんと娘さんもいる。
幸せな人生だった、、そう思う。



9年前、大学のスクーリングで金沢に行った時、金沢観光をした。

特急はやぶさに乗って。

金沢駅

レトロなバスで観光。

兼六園へ。

兼六園近くで食べた、抹茶とブルーベリーアイス。

スクーリングで同じだった学生さん達と武家屋敷へ。

学食はリーズナブルで美味しかった。

次女と死別後、自分の心と向き合いたくて、心理学を学ぶため通信制大学に入学、卒業に必要な単位まで後もう少しになり残り少ないスクーリングを楽しんでいた頃。
この時、父は石川県に居たんだね。


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