どんな空でも 自閉症の娘と家族の日常

自閉症の娘の育児、家族の記録

障害児の親5年半 被害者遺族になり14年。

障害児の親になって5年半。


我が子の発達の遅れ、育てにくさに疲れ果て、障害があるのかもしれないから、きっとそうに違いないと感じ、療育センターへ相談に訪れたのは、あいぼん2歳になったばかりの頃。

自閉症と診断され、なんで我が子なんだろうと悲観していた2〜3歳代。

障害があっても我が子は我が子なんだと受け入れられるようになった4歳代。

障害受容と悲観な思いは、揺れ動き、行ったり来たりを繰り返している。

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こだわり、睡眠障害、偏食、感覚過敏、困り感満載の自閉症の特徴オンパレードの我が子。

何とか前を向いて歩いて行けるようになったのは、【お母さん大変ですね。無理しないでね。】【お母さんが倒れたら本当に大変なので、お母さんが心配です】
こんな風に言ってもらえることが多いから。

障害児を育ている、、
実は気付いていなかっただけで、優遇というか、あのお母さんは大変だから仕方ないよと、一歩引いてもらえている。

そう言うことに、今更ながらに気づく。


療育センターの先生から電話があり、最近のいろいろ、家族のことを含めて話したら、まず第一に私のことを心配して下さった。

その時に気付いた。
お姉ちゃんのスクールカウンセラーに、苛立ちを感じたのは、全くこれがなかったから。

担任の先生は、母を思いやる言葉があり、現状をテキパキ話しつつも、優しさや気遣いが感じられた。

スクールカウンセラーは、気遣い0の上、自ら調べると言った件を調べていなかったから、私の怒りは頂点に達したのだと思う。


お母さん大変ですね!と言っくれるのは、障害児の母だから。

スクールカウンセラーは、その事実を知っているが、あいぼん自身に関わっていないので、関係ないのだろう。


保育園、療育センター、民間の児童発達支援の先生達の寄り添いの有り難さを痛感する。

そして、優しさに慣れてしまっていたことに気付いた。

スクールカウンセラーへの怒りはまだあるが、スクールカウンセラーの立場から仕方がなかったのだろうと思えるようになった。


そして、寄り添ってくれる方々に感謝しつつ、重要な決定事項や調べ事は、自分自身で納得して行うこと。

自分で調べて動かないと、誰も何も教えてはくれない。

被害者遺族になって痛感したことを、障害児の親になり、やはりそうなんだと改めて思う。

もちろん支えて下さった被害者支援の方、今も支えて下さる療育福祉関係者はいる。

でも、支援につながることが出来たのは、自分で動いたから。


どん底にいる時に、どれだけの人が調べて支援につながることが出来るのだろうか。

どん底の中にいても、底から這い上がり、荒れ狂う川の中、泥水をかき分け、ほんの少し岩に腰掛けることが出来た人だけが、支援につながれるのが現状だと思う。




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